京都御苑は、東西南北を、寺町通、烏丸通、丸太町通、今出川通に囲まれた、およそ100ヘクタール近くの広大な敷地を有し、都会の中の憩いの公園緑地として、市民、観光客に親しまれています。
御苑内、京都御所の南東には、上皇の御所であった京都仙洞御所、そして上皇の后の御所であった大宮御所が隣接しています。
京都仙洞御所については、南北の二つの池を中心とする池泉回遊式庭園と、二軒の茶室が残っていますが、この庭園は、後水尾上皇の好みに合わせて、小堀遠州が作事奉行として、寛永11年(1634)から13年にかけて作庭したものをベースとしており、その後、南北の池を掘割によりつなぐなどの改造が順次施され、18世紀前半ごろに、ほぼ現在の姿になったようです。
京都仙洞御所の椿については、渡邊武先生の著書「京椿」において、「仙洞御所の中央部の池畔を中心にして、高く低く真紅の花をつけた大椿の点映する風情や、苔の緑に紅く彩った落花の美しさを、これだけけがれなく新鮮に見られるのは、他に類を見ない。」と記されています。
3月中旬、このような情景が見られることを期待して、生憎の雨模様でしたが、仙洞御所を訪ねました。
1 京都御苑の歴史と京都仙洞御所
京都御苑の歴史をたどると、元弘元年(1331)に、光厳天皇が御所とされ、明徳3年(1392)の南北朝の一体化で皇居に定められて以来500年、天皇のお住まいとなり、織豊政権から江戸初期にかけて、域内整備が進められ、内裏と各御所を囲むように、五摂家、宮家、公家らの邸宅、居宅が建ち並ぶ「公家町」の街並みが広がっていました。
ところが、明治2年(1968)の東京遷幸により、多くの公家たちも東京へと移り住んだため、公家町は急速に荒廃し、そのことに心を痛めた明治天皇の意により、保存整備事業が開始され、公家屋敷の撤去、周壁工事、植栽などが行われてきたものです。近年も、貴重な自然環境の保全とともに、京都迎賓館の建設など、歴史と由緒ある立地にふさわしい事業が続けられています。
先日、「岩倉具視幽棲住宅」を訪れる機会がありましたが、京都復興にも尽力した岩倉具視は、御苑を一般開放し、御所をミュージアム化してお金をとるなど、今に通じる開明的なプランを持っていたようです。
ところで、内裏や各御所は、洛中の大半が焼け野原と化した「天明の大火」(1788)をはじめ、度々の大火による焼失に見舞われてきました。
仙洞御所は、嘉永7年(1854)の大火後は再建されませんでしたが、大宮御所は1867年に整備され、現在でも、天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下が京都に来られる際には、宿泊の用に使用されています。
大宮御所の「御常御殿」は、外国の賓客も迎えることができる施設にするため、内装を洋風に、絨毯敷、洋式トイレにし、外窓をガラス戸に変えるなどのリフォームを行っており、当時のエリザベス女王、チャールズ皇太子も使用されたことがあるそうです。
御殿前「松竹梅の庭」の立派な松です。
2 北池を巡る
御常御殿南庭から潜り戸をくぐると、北池の全景が眼前に広がります。園路には、藪椿も見えました。
北池の北東部に、古くからの湧泉のある阿古瀬淵があり、六枚の切石を使用した「六枚橋」が架けられています。
ここは、かつて紀貫之の邸宅があったとされ、それを記す石碑のそばにも、椿が静かに咲いていました。
この雪見燈籠は、水戸家から贈られたもので、茨城県北部特産の「水戸寒水」と呼ばれる大理石の名石から造られたものだそうです。原石も希少となっているので、今では造れないものなのでしょうね。
こんもりと樹々が茂る「鷺の森」。日照や水の条件が、モミジに好適で、とりわけ綺麗な紅葉が見られるとガイドの方が説明されていました。
3 南池を巡る
「八ツ橋」から南池北部を臨みます。
石の上に落ち椿ひとつ。
南池の南岸から西岸一帯には、州浜が続きます。敷き詰められている石は、およそ12万個もあり、その一つ一つが、楕円形の碁石のような形で、大きさが揃っており、間近に見ると、贅を尽くしたものであることを実感します。その石一個につき、米一升!の値段だったと伝えられています。
州浜の南側斜面に、藪椿が群をなしていました。とりわけ大きな一本は、山のすそ野のように横に枝を広げ、一面に紅い花をつけ、苔の上を、紅い落ち椿が覆っていました。
樹齢何百年にもなるような古木・巨樹ではありませんが、「八ツ橋」から南池と州浜の向こうに見える紅い藪椿の光景は、椿が唯一の彩りを見せる、初春ならではのものでした。
南池のほとりにある茶室「醒花亭」。
藪椿、藪椿。
明治17年に近衛家から献上された茶室「又進亭」。
造営当時も、椿の品種は数多く産出されていたと思われますが、庭園内の椿は、ほぼ紅い藪椿で統一されています。ポイントポイントに植えられている椿には、景色を引き立てる配置の妙を感じました。
深く、繊細な審美眼から、藪椿一択となったものなのでしょう。