
大徳寺総門をくぐり、勅使門を過ぎて左手に曲がると、龍源院や瑞峯院、そして奥にある精進料理の『泉仙』へと続く塔頭の並びが見えてきます。その入り口に、古風な表門を構えているのが興臨院です。


常時拝観ではありませんが、春と秋のシーズンには、2~3か月間特別公開されています。
表門の向こう、庫裏へといたる参道脇の椿に誘われて、拝観させていただくことにしました。

興臨院は、戦国時代に、能登の守護大名・畠山義総が建立し、後には、勢力の衰えた畠山氏に代って能登を治めた前田利家により改修、以後、前田家の菩提寺となったという歴史を有しています。
表門(山門)と方丈、唐門は、創建に近い形を残しており、重要文化財指定を受けています。
訪れたのは、令和8年3月21日の、三連休の真ん中の日。
よい日和のお昼過ぎでしたが、不思議なほど界隈は静かで、観光客もほとんどいませんでした。
受付をして、方丈へと入ると、私一人。前庭の景色を独占です。



庭園は、昭和53年に、中根金作により手掛けられたもの。
春の日差しが柔らかく照らす白砂の穏やかな大海。注ぎ込む源流の両側に高く架かる石橋の向こうには蓬莱山が見えます。
縁側に座って、眼前に広がる「理想郷」を堪能させていただきました。
受付の方に、「こんな贅沢はないですね」というと、微笑まれて、誰もいないので、唐門からの景色もご覧になってくださいとのこと。
お言葉に甘えて、玄関へと下り、花頭窓からの眺めの庭と、檜皮葺が美しい方丈を見ることができました。



しばらくすると外国人観光客が幾人か来られたので、入れ替わるように鴬張りの廊下をつたって、裏庭へと。苔むした庭の真ん中には乙女椿が、後方の塀越しには、大きく伸びた藪椿が静かに咲いていました。



方丈から廊下伝いに、「涵虚亭(かんきょてい)」という名の茶室があります。
昭和3年に山口玄洞氏により寄進されたものです。「虚」は大空、「涵」は、ひたす、うるおす(涵養という言葉がありますね。)という意味で、蘇軾の詩にちなんで名づけられたとのことです。
山口玄洞氏は、寺社の復興にも尽力した大実業家であったことは、「神護寺」を訪れた時に知りましたが、これからもいろいろな機会で目にすることだろうと思います。
茶室の中には入れませんが、水屋側から、ほの暗い、いかにも風雅な茶室を覗き見ることができます。
茶室の雰囲気も良いのですが、露地がまた格別でした。
ビロードのように広がる苔と、植え込みの合間に飛石、石燈籠、蹲、庭石が絶妙に設えられ、文人墨客を招くにふさわしい景色となっています。

蹲は、椿の花々で彩られていました。方丈周りの庭には、乙女椿以外は見当たりませんでしたので、これらは山門からの参道にある椿の花ですね。

その参道に、今を盛りに咲いていたのが、加茂本阿弥です。


名残りの「有楽」です。

薄い絞の入った上品な椿です。白地の多い「和歌の浦」のようです。

山門に入ってすぐに見える、葉の形が特徴的な百合椿です。

興臨院は、間口が35メートル、奥行きが50メートル程度と、規模は小さいですが、コンパクトで洗練された美しさを体感できる塔頭です。