伏見桃山「海寶寺」の椿

 秀吉が築いた伏見城の城郭周りには、有力大名の屋敷が立ち並んでいたとされ、今も、桃山町正宗、桃山町島津、桃山福島大夫西町などの町名に往時の名残を残しています。

 藤森からJR桃山駅へと連なる街道は、伊達藩下屋敷があった深草西伊達町、東伊達町、そして上屋敷のあった桃山町正宗を沿線に持ち、「伊達街道」と呼ばれています。

 その桃山町正宗にあって、かつて伊達政宗も在住していた上屋敷跡に、享保年間(1716 - 1736年)に創建された黄檗宗の寺院が「海寶寺」です。

 黄檗宗といえば、「普茶料理」が有名ですが、「海寶寺」の山門には「普茶大本山開祖道場」の札が掛けられています。「普茶料理」は、予約すればランチタイムにコースで味わえるようです。

 「海寶寺」で有名なものといえば、伊藤若冲が最後の作品と言われる大作「群鶏図」を描いたとされる「筆投げの間」、そして、伊達政宗お手植えと伝わる、樹齢400年の木斛の名木です。この木斛は、さすがに老木となり、幹には空洞が大きく開いて枝枯れが目立ちますが、わずかに一枝が命脈を保っています。その横には、クローンの樹が二代目(遺伝子的には初代ですが。)として若々しく育っています。

 この「海寶寺」には、多くの椿があるのも魅力で、私は、伏見を訪れる際には、たびたび立ち寄っています。伏見桃山の椿の稿でも紹介しましたが、戦後から高度経済成長期にかけて、伏見桃山の椿園が、混乱と開発の嵐に無残に姿を消していく中で、銘木を何とか残そうとした有志の方々が、寺社にも働きかけ、ここ「海寶寺」もそのうちのいくつかを引き受けたとのことで、どの椿がそうなんだろうといつも思っています。

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 令和8年4月5日、桜満開の山門前の石段の両脇に咲く紅白の椿が迎えてくれました。

 特に、紅い椿は、やや暗めの色合いで、整った花弁が美しく、桃のような宝珠咲が何とも愛らしかったですね。

 山門前の街道沿いにある椿は、本幹が腐朽し、脇幹が生き残っていますが、本幹を見るとかなり年期の入った樹です。この椿は、別の黄檗宗のお寺にあったものだそうですが、道路整備により撤去されそうになっていたものを惜しんで、ここに移植したということです。色変わりの面白い品種で、こうして生き延びてくれているのはうれしいですね。

 境内に入ると、右手の苔庭の、真っ赤な落ち椿に目を奪われました。前日に、雨も降ったので、タイミングもよかったのでしょう。誰もいない静かな境内の緑の中で、鮮烈ともいうような色彩に見とれました。本当に綺麗でしたね。

 

 ほかにも境内に咲く椿をご紹介します。

 美しい「日光椿」。花姿の整いようが非常に優れていますね。

小ぶりな花ですが、心惹かれます。

 

 桃の意匠は、萬福寺で見たような。

 桃山の歴史を今に伝え、決して大きなお寺ではありませんが、落ち着いた風情の、いいお寺です。機会があれば、一度「普茶料理」を味わってみたいですね。