3月半ば、ふと、金閣寺の胡蝶侘助を見に行こうかと思い立ちました。
京都に住んでいると、観光客でごった返すことのわかっているところにはなかなか足が向かないので、本当に久しぶりのことです。
外国人も多く、朝の9時半くらいで早くも拝観受付が列をなす状況でした。
これまで、椿探訪に出かけた寺社は大抵ひっそりとしていたので、やはり大本命の観光地とそれ以外とでは、格段の人出の差があることをあらためて知らされましたね。
私のお目当ては、方丈の前庭にある後水尾天皇御手植えと伝わる「胡蝶侘助」。
参道から見ることはできるのでしょうか。
1 参道の巨木「イチイガシ」と椿たち
総門をくぐると、鐘楼近くにそびえ立つ、京都市天然記念物のイチイガシが目に入ります。幹周約5メートル、高さ20メートル、江戸初期には既に存在したと想定されることから、樹齢は400年に及んでいるかもしれません。
「金閣」への道筋には、藪椿、有楽椿をはじめ、いくつか椿が植えられていました。誰もが「金閣」へと意識が向きますので、気に留める人も少ないでしょう。
2 京都観光の定番中の定番「金閣」
やあ、本当に久々の金閣です。そういえば、昭和62年の金箔貼り替えの大規模な補修後の姿は初めてかもしれません。
鏡湖池前の撮影スポットでは、この定番のショットをとろうと、観光客が鈴なりでした。
建物全体が金ピカのイメージを持っていましたが、1階は違ったのですね。初層の落ち着いた木の色と漆喰壁の引き締まった白が、上層を引き立てているのでしょう。
藪椿と金閣。
金閣といえば、三島由紀夫の「金閣寺」を思い起こします。燃える金閣の内に、炎に影が揺らぐ義満の坐像を後に、最上層・「究竟頂」に上ろうとした主人公がそれを果たせず、拒まれていることがわかったとして踵を返すシーンが私としては最も印象に残っています。
大傑作の作品の舞台なのですが、これを「売り」にしていないというのも、それはわかります。
それに、新しい金閣は、小説の中の金閣とは全くイメージが異なりますしね。
3 方丈の杉戸絵「椿」
金閣の西側にあり、ほとんどの人が、横目でスルーする「方丈」。
普段は公開していないので、参道から伺い見るしかありませんが、遠目では、なかなか様子がわかりません。
奥に、2007年に新調された杉戸絵が見えます。
東側に目を転ずると、椿の杉戸絵が。
森田りえ子画伯が、杉の一枚板に描いた、色とりどりの椿たち。
このモデルになったのは、柊野の「五色八重散椿」ということです。
https://www.kyogurashi-neko.com/entry/hiragino
独立した作品としても素敵ですが、建物の造作の一つとして機能しながら、存在感を発揮しているのがいいですね。
内に仕舞われているのではなく、建物、庭とともに年月を重ねて、歴史に連なり、価値ある宝物となっていくことと思います。
4 銘木「胡蝶侘助」
方丈前庭には、銘木「胡蝶侘助」があります。
由緒と樹齢で、大徳寺総見院の胡蝶侘助(https://www.kyogurashi-neko.com/entry/daitokuji)と並ぶ銘木ですが、総見院の旧幹が枯死してしまっているので、より貴重な存在となっています。
非常に角度的に厳しいところから撮っていますので、樹容がわかりにくいですが、可愛らしく花を咲かせています。
「方丈」北側の「陸舟の松」は、金閣寺を代表する「銘木」として喧伝されていますが、この「胡蝶侘助」は、パンフレットにも記載されていません。
ちょっと扱いがどうなのよという気もしますが、参道から離れて、静かに大切にされていると思えば、まあ、それでよいかとも思いますね。
樹齢にしては、巨木という感じではないですが、風格ある枝ぶりと肌合いです。胡蝶侘助を代表する銘木として、まだまだ命脈を保ってほしいところです。
こちらが、参道からもよく見える「陸舟の松」です。
5 山手の参道を巡る
参道は、金閣裏手を回り、山手へと進んでいきます。
足利義満がお茶の水として使用したと言われる「銀河泉」です。肌の白い藪椿が頭上を覆います。
ちょっとピンボケになりましたが、「夕佳亭」への階段前にあった藪椿が一番目立って咲いており、観光客も目を向ける人が多かったですね。
「夕佳亭」の有名な南天の床柱です。
最初、胡蝶侘助のありかがわからず、「夕佳亭」前から、再度、方丈へ引き返したのですが、参道は切れ目なく人、人、人で、逆行するのも一苦労でした。まあ、何とか、銘木の「片鱗」は見ることができたかなというところですね。