乙訓寺に大サザンカと秘仏を見る

 長岡京は、平城京平安京の間の10年間余りの短い期間でしたが、我が国の都として、現在の向日市から長岡京市にかけて大規模な都城が築かれました。

 7世紀初頭の創建とされる古寺・乙訓寺は、新都・長岡京では、右京・三条に位置することとなり、伽藍が増築され、京内七大寺の筆頭として重きをなしました。

 乙訓寺の歴史的トピックとしては、この地で、長岡京造宮使・藤原種継暗殺に関与した疑いにより早良親王が幽閉されたこと、空海から最澄真言の法を授与されたことが知られています。

 寺宝に、日本最古の一日造立仏と判明した十一面観音立像、「幽愁の」と呼ばれる毘沙門天立像の二体の個性ある仏像の優作が伝わります。

 また、牡丹が有名で、晩春には2千株もの牡丹が咲き誇り、多くの人で賑わいます。秋に紅葉が境内を彩るころには、樹齢400年を超えるサザンカが花を咲かせ始めます。

1 古刹・乙訓寺

 乙訓寺は、阪急西向日駅から西方に2キロほど、長岡第三小学校のグラウンドの南、住宅に囲まれた中にあります。幹線道路に面していないので、車で行くと、寺への経路が少しわかりにくいかもしれません。山門の右手に広い駐車場があります。

 

 今回訪れたのは、令和6年度の重要文化財特別公開の最終日、12月8日(日)でしたが、参道のモミジはまだ彩り鮮やか、最後の見ごろでした。

 乙訓寺は、推古天皇の勅願を受け、聖徳太子が開いたと伝わり、空海弘仁2年(811年)に別当に任命されたという由緒ある寺ですが、戦国時代の兵火により衰微し、かつての大伽藍は残っていません。

 広い平地の境内に、元禄期に再建された本堂、毘沙門堂、鐘楼などが散在しているため、閑寂な気配が辺りを占めています。

2 一日造立仏の十一面観音立像、幽愁の毘沙門天

 本堂では、十一面観音立像を拝観。近年の修理解体の際に、体内から多くの古文書が見つかり、「文永5年(西暦1268年)7月17日から18日にかけて1日で造られた」との記載があったことから、作成日の明らかな最古の一日造立仏であることがわかったということです。

 均整の取れた優美なお姿を見ると、とても一日で造られたとは思えないのですが、パーツに分けて、仏師・工人がそれぞれ受け持ち、組み合わせた、まさに「寄木造り」の時間凝縮版のようです。

 仏師たちの一心不乱な作業により、人々が祈りを込めた仏が姿を現したときは、感動的なことであったろうと想像します。

 この像は、もとは秋篠寺の本尊で、元禄の頃、将軍綱吉と母・桂昌院により乙訓寺が再興されたときに移されたものとされます。

 もう一つの重文は毘沙門堂に安置されています。「幽愁」とは、毘沙門天らしからぬ語句ですが、確かに、ややうつむき加減の沈痛な表情は、深い憂いを帯びているようです。悩むおじさん顔の毘沙門天に、親近感を覚えましたね。

 悲運の早良親王が幽閉されていたということで、同情と鎮魂の思いも反映されているのかな、なかなか印象的な仏さまでした。踏まれている邪鬼もあんまり懲らしめられているようには見えません。

乙訓寺と文化財 | Otokunidera 

【京都・乙訓寺】日本最古の一日造立仏が明かす!重要文化財指定までの舞台裏 | SENSE NAGAOKAKYO ~長岡京市のサブサイト~

3 サザンカの巨木

 十三重石塔の前を左に曲がると、サザンカの巨木が見えてきます。早咲きなのでしょうか、満開とまではいきませんが、すでに薄桃色の花がたくさん咲いていました。

 園芸種のような複雑な花弁ではなく、平開のシンプルな、いかにもサザンカらしい花で、何か懐かしさを感じます。傍に寄ると、どっしりとした太い幹の上部から5本の大枝が伸びて、円型の樹形を形づくっています。

 ちょうど通り雨があり、サザンカの樹下で雨宿り。大樹に守られるように、しばし、花越しに境内を眺めておりました。

 周囲1.5メートル近くある幹の迫力はさすがです。くすんだ煉瓦色に、灰色、濃緑の斑が滲む木肌の味わいは、サザンカ、椿ならではのものです。

 400年の歳月に触れることができる貴重なサザンカの巨木は、表示もなく、人知れず佇んでいました。

4 境内の樹々

 先ほどの石塔の右手には、樹齢400~500年、幹周5.7メートルという、市指定天然記念物のモチノキが巨体を見せています。サザンカと同じくらいの古さですが、こちらが寺のシンボルの樹となっています。

 椿、サザンカの成長は緩やかで、見た目では、あまり古さを感じさせないので目立たないのでしょう。このモチノキは主幹の腐朽が進み、弱っていたため、平成6年から治療を開始し、寿命を永らえているようです。

 

 本堂前には、空海が、嵯峨天皇に、漢詩を添えて献上したと伝わる柑子の代替わりの木がありました。小粒すぎてキンカンくらいの実でしたので、これが柑子??と思いましたが。

 

 久々の乙訓寺。牡丹のシーズン以外はやはり静かで、今里の弘法さんと呼ばれるように、地元に親しまれているお寺という感じがしました。