退蔵院の紅しだれ桜と椿

 妙心寺の南口である勅使門から境内に入ると、三門、仏殿、法堂と次々と並び立つ壮観な大伽藍を中核に、一帯に多くの塔頭が取り囲み、妙心寺広域エリアを形成しています。

 塔頭の一つで、現存地へと移って500年以上経つ寺内有数の古刹「退蔵院」は、三門の左手に位置しています。

 この「退蔵院」は、狩野元信の作庭と伝えられる枯山水庭園、中根金作の手による昭和の名園「余香苑」、そして、如拙の「瓢鯰図」が有名な寺院です。

 紅しだれ桜が「余香苑」を華やかに飾るころ、園内のそこかしこで椿も彩りを添えています。

1 「陰陽の庭」の紅しだれ桜、「余香苑」の椿

 令和7年4月5日の朝9時前、退蔵院の薬師門前には既に幾人かの人が開門を待っていました。

 市内の桜は満開になっているところも多かったのですが、門には「しだれ桜は五分咲き」との掲示が。この桜は、少々遅咲きなのかもしれません。

お出迎えの椿です。

 門が開くと、みな「余香苑」へと向かいます。椿垣の径に導かれて進むと、二手に分かれて、波紋の描かれた砂地に石組みの庭が見えてきます。

 この二つの庭は、「陰陽の庭」と呼ばれ、真ん中に傘のように立つ紅しだれ桜が両庭に枝を垂らしています。離れた庭をつないでいるのでしょうか。

 中根金作が、昭和38~40年(1963~65年)にかけて手掛けた庭園なので、60年以上の樹齢の桜となります。桜のすだれ越しに眺める石庭は、実に優雅で視覚効果も抜群です。満開ではありませんでしたが、十分に景色を楽しむことができました。

「陰陽の庭」を出て、径を下り、茶室の前に出ると、藪椿が美しく咲いていました。苔むす庭と生垣の緑に、椿の赤のコントラストがくっきりとしてよく似合います。

 やや大きめの花で、鮮やかな赤色が綺麗な椿でした。

 茶室への径沿い「水琴窟」の付近、茶室の裏庭にも、椿が見受けられました。

 紅しだれ桜を臨む「余香苑」。

2 「元信の庭」の椿

 続いて、方丈へと向かいます。この径には、黒椿が植えられていました。

 方丈に上がると、南と西に庭が広がっています。このうち西側の庭が、元信の庭と呼ばれる名園です。

 狩野元信が手掛けたと伝えられるだけに、「絵画的」と言われることが通例です。抽象的な表現ですが、鑑賞者の感性に委ねられているということでしょう。

 私としては、石の色合いの妙を感じ、水に濡れることによる変化を見てみたいなと思いました。

 「元信の庭」は、方丈西側にある「鞘の間」という、横一間、縦十一間の細長い部屋の西側に開いている腰壁のついた窓から見下ろすように鑑賞することとなります。

 座敷に接続する開放的な広縁の向こうに庭が広がるという通常のパターンとは違うのは面白いですね。江戸期の改築で、この「鞘の間」が増築されたため、当初の見え方とは異なっているのではないかとする説もあるようです。

 さて、「元信の庭」は、「永久不変」をあらわすため、植え込みは常緑樹で構成されているということで、椿もしっかりとその要素として組み込まれていました。花の彩りは控えめですが、しっかりと存在感を出しています。名庭に椿ありですね。

 今春は、退蔵院と桂春院を訪れましたが、ほかにぜひ行きたいのが、寺名を冠した椿のある「大雄院」、五色散椿のある「慧照院」です。

 ちなみに、「慧照院」は、例年、椿の咲く4月末に数日間公開されているらしく、問い合わせてみたら、4月10日時点で既に咲き終わってしまったとのこと。こんなことは珍しいとおっしゃっていました。

 どちらかというと、今年は開花が遅れているはずなのですが、それぞれに違いはあるのですね。