千本釈迦堂の乙女椿と仏像を見る

1 千本釈迦堂の乙女椿と洛中最古の本堂

 12月上旬、無病息災を願う参詣者に振る舞われる大根炊きが有名な、大報恩寺、通称「千本釈迦堂」の境内には、乙女椿が数多く植えられています。

 春にはまだ早いですが、そろそろ、咲き始めている時分であり、また、かねがね評判の高い、このお寺の素晴らしい仏像群にお会いしようと思い立ち、2月18日に訪れました。

 南側の方が正面入口ですが、手前の「五辻通」は狭い一方通行ですので、車で行かれる方は「上七軒」から「七本松通」を上がっていかないと、難儀な目に遭うことになります。以前、カーナビの誘導で、千本通から上立売通に入り込み、辻角を回ることができずに、二進も三進もいかなくなったことがあります。

 落ち着いた入母屋造で、なだらかな勾配の檜皮葺の屋根がせり出し、優美な佇まいを見せる本堂は、1227年の上棟。洛中に現存する最古の建物として国宝指定されています。

 京都のお寺は、古くからのものが残っていそうなイメージですが、応仁の乱によって都が灰燼と帰し、焼け落ちてしまった寺社仏閣が数知れずという中で、西陣に近いにもかかわらず、この戦い以前のものが残っているのは、確かに奇跡的なことでしょう。

 パンフレットには、「両陣営から手厚き保護を受け災火をまぬがれた」とさらりと記載されていますが、徒然草にも載っている、千本釈迦念仏が営まれ、厚い信仰を集めていた本堂の焼き討ちは、さすがに躊躇されたということなのでしょうか。

(追記)阿亀桜が満開です。

 造りは、シンプルで、派手な装飾はなく、「質実」という感じがします。ピアノの内部構造のようですね。

 寝殿造を受け継ぐ建築様式「和様」。

 礼拝のための開放感ある広いスペースをとるために、柱の数を減らしながら、巨大な建物を支える木組みです。屋根の荷重を分散させるための「枡組」も素朴ながら、がっちりと組まれています。

 内陣の柱には、彩色が残っています。これは不動明王か。

 柱には、斜めに切り込まれた、800年前の応仁の乱当時のものと伝えられる刀槍の傷跡が。

2 おかめ塚と北野経王堂の名残のお堂

 この本堂建築にあたって、総棟梁が、寄進された大事な柱の一本を誤って短く切ってしまったのですが、この一大事を、その妻の阿亀の機転と進言により、柱上部に「枡組」を設けることで、見事にクリアしたと伝えられています。

 ところが、阿亀は、総棟梁ともあろうものが女の知恵に助けられたとの噂を立てられれば、名声に傷がつくと、本堂の上棟式の前に自害してしまいます。

 総棟梁は、上棟に、阿亀を偲ぶ面を飾り、妻の冥福と建物の完成を祈ったとされています。

 やるせない美談として、今に伝えられていますが、ジェンダー平等を進める今の世では、なかなか受け入れがたい話ですね。

 境内には、かつて、北野天満宮にあった「北野経王堂」が解体縮小されて移築されたお堂があります。「北野経王堂」は、足利義満が、「明徳の乱」で討ち果たした山名氏清と、戦いに命を落とした武士たちの追福のため建立したもので、ここで創始された「北野経会」という供養行事が幕府主催の行事として大々的に行われ、今の千本の釈迦念仏につながっているようです。

 

3 咲き始めた椿たち

 椿は、このお堂と、お稲荷さんのあるあたりに多く植えられています。

 主には、桃色の乙女椿ですが、若干、藪椿と他の品種もあります。

 拝観受付の横の「有楽椿」。

 乙女椿は、まるで造花のような、端正な花姿ですね。アイスクリームの淡い味わいとでもいいましょうか。まだ、咲き初めで、これからが本番です。

(追記)

4 快慶作の「十大弟子像」、定慶作の「六観音像」

 さて、千本釈迦堂の仏さまたちは、霊宝殿に安置されています。

 何といっても、定慶作の「六観音像」と、快慶と弟子・行快作の釈迦「十大弟子像」がお目当てです。

 六観音像のうち、准胝(じゅんでい)観音は定慶作ということが判明しており、他の観音も、定慶自身か、あるいは彼の指揮のもとで工房の仏師が彫ったものと考えられています。

 六体が一同に揃っているのは、唯一ここのみという希少価値はもちろんのこと、それぞれに姿は異なれど、統一感のある、白木(「榧」だとお聞きしました。)のままの、均整の取れた美しさが実に魅力的です。

 この観音様は、概ね等身大、引き締まった体躯で、天上界よりも、人間界に近い感覚を抱かせるところが特徴的です。神秘さや荘厳さに寄るよりも、ある意味人間臭くわかりやすい造形は、現世利益を求めて民衆に広がった観音信仰とも相通じるものがあるのではないかと思います。

准胝(じゅんでい)観音像(文化庁文化財デジタルコンテンツより)

 十大弟子像」は、さらにリアル感が前面に出ています。もちろん、様式化された表現もあるのでしょうが、自由な造形を楽しめます。

目犍連尊者像(文化庁文化財デジタルコンテンツより)

 菅原道真が梅の古木を彫られたと伝わる「千手観音像」は、切れ長の眼の特徴あるお顔立ちと、技巧的というよりも素朴な造りのお姿に惹かれるものがありました。

 本堂内々陣の厨子に安置される秘仏の本尊「釈迦如来像」は、六道まいりのお盆と、千本の釈迦念仏が行われる3月22日には開帳されます。

 釈迦念仏の時には、乙女椿も満開になっていることでしょう。