霊鑑寺に銘椿を訪ねる

 京都「哲学の道」沿いには、山手側に、銀閣寺、法然院、霊鑑寺、大豊神社と、椿の名所中の名所が揃っています。

 桜の開花を迎え、華やぐこの時期、霊鑑寺は、春の特別公開が行われます。

 霊鑑寺は、後水尾天皇が皇女・浄法身院宮宗澄を入寺させたことに始まる尼門跡寺院ですが、椿を愛好された天皇だけに、遺愛の「日光椿」をはじめとして、霊鑑寺の名を冠する椿など、数々の銘椿が咲き誇るさまは、まさに壮観であり、見飽きることがありません。

 訪れた春分の日は、ちょうど見頃で、多くの人がカメラとスマホを手に、感嘆の声とともに思い思いに写真をとっていました。

 この霊鑑寺の素晴らしい椿の園を、ピックアップでお伝えしたいと思います。

 参道には、桃色の椿垣が続き、来訪者を迎えてくれます。

1 「霊鑑寺散椿」が桃色に視界を埋め尽くす

 山門から中に入ると、正面に、「霊鑑寺散椿」が、花を木全体に咲かせ、地面の落椿とともに、あたり一帯を桃色に染めています。

 八重紅梅とも重なり、桃色の波が押し寄せてきそうな、圧倒的なボリューム感です。

 京都には、朝鮮半島から持ち帰ったものとされる「五色八重散椿」の銘木が、地蔵院椿寺や柊野の民家などにありますが、霊鑑寺の散椿は、この「五色八重散椿」の枝代わりとされ、濃淡はあるものの桃色一色の花が視界を埋め尽くすほどです。浄法身院宮が愛された椿で、「これみな花」と言わんばかりに、枝という枝にたわわに咲いているのは実に見事です。

 これだけの花を咲かせるのは、大変なエネルギーがいると思いますが、これからも樹勢が保たれ、この光景を毎年再現してほしいものです。

2 新株に引き継がれた「霊鑑寺日光」

 庭園に入ると、有名な日光椿が庭道の右手に見えます。この椿の親木は、樹齢400年と伝わる、寺創建時からあった、後水尾天皇ゆかりの銘椿で、日光の数ある名木、古木の中でも代表的なものの一つとして知られていました。

 京都市による1983年の調査では、次のように記載されています。

樹高6.96メートル 根回り周囲1.47メートル

地上高40センチで東西2幹に分かれ、胸高では、東幹が4本、西幹は6本の大枝となっている。樹勢はやや衰えが見られ、枝先の細枝に枯れが目立ち、着葉状態は芳しくない。大きな根が3本ほど見え隠れしながら伸びており、特に北北東に伸びているものは長く、主幹から2メートルのところに萌芽個体を出す

 親木は、残念ながら、衰えが進み、手当ての甲斐なく、2015年の秋に枯れてしまいましたが、京都市調査にあるように、親木の根から萌芽したものが育っており、京都市指定天然記念物を引き継いでいます。

 親木の枯れた太い切株は、今も残っており、往年を偲ばせますが、そこから伸びた根は生き残って、後継樹だけでなく、何本かの若木を生やし、貴重な形質を絶えることなく後代へと残してくれています。

 霊鑑寺日光は、色、形ともに優れ、後水尾天皇のお目に叶った逸品です。唐子状の蕊が凛と引き締まり、整った花姿は、気品を感じさせますね。

3 数ある銘椿

 庭は、池泉鑑賞式庭園であり、大文字山に近いため、相当の勾配があり、その高低差を利用したつくりとなっており、山道、谷道を上り、下りして回遊するコース設定となっています。

 「香妃」です。

 「舞鶴

 紅地に白斑が鮮やかな、霊鑑寺を代表する銘椿の一つです。私は、斑入りの椿が大好きで、家にも、「天ヶ下」や「蜀紅」などを植えていますが、この「舞鶴」の白星の入り方も魅惑的です。奈良・東大寺開山堂の銘椿「糊こぼし」と同種のものとされています。(最新「椿百科」淡交社より)

 「菱唐糸」です。成長の遅い椿なので、この太さでも、かなりの樹齢だと思われます。

 「大虹」の大輪です。

 「大虹」の南、塀際に立つ「白玉」の巨木です。すでに咲き終わりのようでした。

 妻の一番のお気に入りの「春曙紅」です。

 淡い桃色のグラデーションが上品ですね。「天津乙女」のような花色です。

 「獅子」

 「荒獅子」とよく似ています。花弁のうねりがそれほどは荒くないということでしょうか?

 「紅八重侘助

 この立派な幹を見ると、寺創建時からある椿と思われます。

 花は小ぶりで、ほんのりと紫がかった桃色をし、梅のような可憐な花のかたちをしています。素朴で、ほっと心の和むような、愛らしい椿です。

 「衣笠」

 千手咲と宝珠咲の両性質を持つような、見目麗しい椿です。

「白牡丹」

 光格天皇中宮・新清和門院の御手植えとされているものです。ふくよかで、柔らかそうな、ボリューム感ある椿です。

 「霊鑑寺曙」

 これも古木ですね。「曙」の名がついていますが、同名異種のようです。

 「奴椿」

 第二代門跡の後西天皇の皇女・普賢院宮の遺愛の椿と伝えられています。

 渡邊武先生の「京椿」では、オランダのベアトリクス女王(当時)が入洛された際、京都府立植物園の椿展を見学され、その中から、この「奴椿」をご所望されたと記されています。

 妙蓮寺椿に似ている、シンプルな椿です。なぜ「奴」という名がつけられているのでしょうか。

 本堂前にある椿。品種名を漏らしてしまいましたが、最も樹形が魅力あるものでした。(「つらつら椿」さんのブログを見ると、「唐獅子」のようです。)

4 書院から見る椿たち

 「胡蝶侘助」を右手に見ながら、書院へと上がらせていただきました。

 書院には、上段、中段、下段の三つの部屋が連なる「間」があります。

 格式の高さを示す格天井や「筬欄間」(おさらんま)が設えてあり、狩野元信、永徳、丸山応挙の筆と伝わる襖絵が部屋を彩り、品の良い贅沢さを感じます。

 上段の間には、徳川家斉が贈ったという雛人形が飾られていました。男雛が68センチ、女雛が57センチと大柄で、足首、膝、腰を曲げることができる「三折人形」で、着せ替えをして楽しむことができるようになっていると、ガイドの方に説明いただきました。

 書院の西側の間へと、回廊が鍵状に曲がっている、半中庭の部分には、「月光」と「五色散椿」が咲き揃っています。

 唐子部分の白が美しいのは、流石に、選び抜かれたものだからでしょう。

 まだまだ、伝えきれないほどの椿がありましたが、これはまた、来年の楽しみにとっておきたいと思います。

5 素晴らしい椿シーン

 ほかに、印象に残ったシーンを。

 洋椿ですが、小さな花の散り様は、素敵でした。

 「花手水」も、これだけの種類があると豪華です。

 椿は、お寺の雰囲気に、本当によく似合います。

 「おそらく椿」と記されていました。御香宮神社のものと同じなのでしょうか。

 ルビーのような宝珠の光沢。

 「黒蓮華」という品種です。

 ひそやかに咲く椿にも、はっとするものがあります。

 これだけの銘椿を、そこにあるのがふさわしい環境のもとで、一堂に見ることができ、感動いたしました。

 百聞は一見に如かず、ぜひ、実物をみていただきたいと思います。