嵯峨野「厭離庵」の紅葉と椿

 紅葉の時期、いつにもましてごった返す嵐山。

 渡月橋から、溢れる人の波にもまれつつ、天龍寺、JR嵯峨野線の踏切を越え、丸太町通を過ぎて、清凉寺の仁王門辺りにまで来ると、ようやく人の数も少なくなり、ほっと一息つきます。

 清凉寺の塀沿いに、宝筐院の山門越しの紅葉を見つつ、左に曲がって二尊院鳥居本へと向かう、風情漂う「愛宕道」を進むと、うっかりすると見過ごしてしまいそうな「厭離庵」の石の標柱が立っています。

  

 いつもはひっそりと門が閉まっている「厭離庵」ですが、例年、11月から1箇月間ほど、紅葉の期間に限って拝観ができます。

 「厭離庵」は、今や多くの人に知られる紅葉の名所ですが、実は、ここには、有楽椿や五色八重散椿、多くの藪椿もあって、椿ファンには見逃せないところでもあります。

 春に嵯峨野を散策していた時に、庭の椿を見ることができず、残念な気持ちでとぼとぼと帰ったことがありましたが、今回、二尊院の紅葉を見に来た際に、たまたま特別公開に行き当たりました。

1 藤原定家の山荘「時雨亭」

 高名な歌人藤原定家は、嵯峨野の風光を愛し、山荘「時雨亭」を設けて、「花を見て心を養ひ夕に帰る」という風雅な時を過ごしていました。ここで、「小倉百人一首」を撰んだことも有名ですね。

 この「時雨亭」のあった場所は定かではなく、ここ「厭離庵」と、二尊院、常寂光寺のそれぞれが「時雨亭」跡をうたっています。

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 「厭離庵」の現場所には、江戸時代初期には、定家・為家塚のみが残って、名所とはなっていたものの、荒れたままになっていました。

 これを惜しんで、定家の系譜を継ぐ冷泉家が、わずかに残存していた礎をもとに、庵を結んだのが「厭離庵」の始まりとなります。

 その後、再び荒廃してしまいましたが、明治43年になって、その有様を見た、百貨店・白木屋の社長であった大村彦太郎の尽力により、再興されたということです。

2 「厭離庵」の紅葉

 令和6年11月末、二尊院からの愛宕道の帰路、「厭離庵」特別公開の看板が。

 竹林の細い径を入っていくと、山門脇に受付があり、ああ公開してるんだと喜びましたが、すでに午後3時40分を過ぎており、閉門まで20分余りしかありません。

 でも、「ゆっくりとお参りください。」とのお声をいただいて、山門をくぐりました。

 藁葺の待庵と茶室「時雨亭」を見下ろすように段を上がると、書院前に小ぶりな庭が広がります。

 一面苔むす青緑の庭に、ようやく色づき始めた大きなモミジが枝を広げていました。

 庭を囲んで鬱蒼と茂る樹々の合間には、歌碑や石碑、石塔などが点在しています。

 鄙びた里の閑寂な趣が漂い、藤原定家の求めた情感と通じているのだろうなと思いました。

 閉門時刻が近づき、残っていた拝観者も去り、私一人、書院から庭を眺めることができました。

 夕暮れ近く、日も傾いて、いい具合に陰りゆく室内からの庭の光景は、何とも言えず情緒あるものでしたね。惜しむらくは、紅葉が進んでいれば、なお一層の贅沢を味わえただろうと。

 そういうわけで、市内が紅葉の見頃となった次の週、特別拝観の最終日のお昼どきでしたが、再度訪れました。

 この一週間で一気に色づき、まさに錦繍の装いという感じでした。ただただ美しい。たくさんの方がこの風景を堪能しておられました。

 でも、もし、前回と同じ時刻に行くことができたら、侘び寂びのテイストがより加わって、さらに素晴らしかったことだろうなと思いました。


3 「厭離庵」の有楽椿と五色八重散椿

 庭の主役は、モミジと苔ではありますが、椿も一役担っています。

 庭の入口の門のそばに、幹周50センチ程度の五色八重散椿など何本かが植わっています。

 

 書院横の井戸のそばには、さらに大きな椿があり、お聞きすると有楽椿とのこと。

 市内でも三本の指に入ると言われているとおっしゃっていました。この庭にそぐう「野趣」あふれる枝ぶりの椿でしたが、この三有楽の他の二本はどれでしょうか。

 一本は、「等持院」の有楽で間違いないでしょう。もう一本は「月真院」の有楽だったのでしょうが、枯れてしまったので、東福寺塔頭「龍眠庵」(まだお目にかかっていません。)の有楽なのでしょうか。

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 愛宕道から入って、竹林の中を山門へと導く径沿いには、大きな藪椿が何本か立っています。

 以前春に訪れた時、誰もいない中、真っ赤な花を咲かせ、径を染めていたことを思い出します。

 椿の咲く時分には、庭を見せてほしいとの問い合わせがあるとのこと。

 都合が合えば見せていただけるとのことなので、来春を楽しみにしています。



4 「厭離庵」ヴィジュアル・スポット