栃木県の佐野市と言っても、関西人にはなじみが薄く、「佐野らーめん」くらいしか思い浮かばない(失礼)のですが、足利市まで足を延ばしたついでに、周辺の市で、どこかに椿の名木がないかと調べたところ、東隣の佐野市には、天然記念物の椿が3本数えられているのがわかりました。
そのうちの2本を、足利市の観光の後に、駆け足で巡ってきましたが、どちらも、樹齢350年を超える古木・巨樹で、風格ある姿に感動しました。あまり喧伝されず、密やかに咲く大椿を見つけると嬉しいですね。
1 洞雲寺のツバキ
佐野市を縦断して渡良瀬川へと注ぐ旗川沿いの山あいの小さな集落を抜けて、その外れにある山際の高台にひっそりと建っている洞雲寺。
車を停めて、お堂に向かう径を上がると、墓石や供養塔が並ぶ苑に、樹高約12mもある大きな椿が見えてきました。



これが「洞雲寺のツバキ」で、目通り周囲1.7m、推定樹齢約350年といわれる八重ツバキです。高さもさることながら、横にも広く広がり、こんもりとした樹形をして、葉が勢いよく茂っています。
年を経た椿らしい色と形の幹と太い枝は、古木独特の味わいを出しています。このような大椿になると、枯れかけた枝や、葉付きが悪いものも多いのですが、この椿の青々と茂る元気の良さは樹齢を感じさせないものでしたね。


矯めつ眇めつ、椿を鑑賞した後に、本堂にお参りしましたら、奥から寺の奥さんが出てこられました。おそらく檀家以外は滅多に訪れる人もいないのでしょう、奥さんも驚かれた様子でしたが、私が椿ファンであること、見事な椿に感動したことを伝えると、「どこから来られましたか」と問われ、京都からと答えると、「ああやっぱり、懐かしいわ」と。
聞くと、その昔に、同志社大学で学生生活を送られたとのこと。私は生粋の京都人ではないのですが、長く住んでいるのでイントネーションに京都らしさはあるのでしょうね。
奥さんに椿のことをうかがうと、花色は赤というよりも桃色に近く、散り時には、樹下周りが一面桃色に敷きつめられるそうです。確かに、この大きさと樹勢であれば、花の量も半端ではないでしょう。
花びらが散るので、掃除が大変だとおっしゃっていましたが、もしかしたら、花ごと落ちるのではないのなら、散椿系統なのかもしれません。
樹下の路の拡幅舗装の際に、路側に張り出した大枝を何本か切り、ワイヤで補強したということで、その跡も見えましたが、あまり樹勢への影響は感じさせませんでした。
椿には、古木にふさわしく、しめ縄が巻かれていますが、年に一度、地元の方が結わえてくれるそうです。

私が、「もっと有名になってよい椿ですね」といいますと、奥さんはかぶりをふって、「昔からの有るがままの姿で、これまで通りに静かに咲いてくれるのがよい」とおっしゃりました。
お寺の維持管理にご苦労されつつも、地元の拠り所であるお寺を護っていただいているご様子でした。
また、いつかの機会に、満開の椿を見れることを願い、洞雲寺を後にしました。
2 南光寺の大白ツバキ
洞雲寺から西の方角、葛生町の北部の山あいにある南光寺。
ここにも、樹齢350年といわれる古椿があります。しかも「白椿」というのが珍しいですね。
山の樹林を背後にしてポツンと建っている小さなお寺の境内に入りましたが、本堂周りには、それらしい樹は見つかりません。


少し探すと、「白椿」と記された道標があり、それにしたがって、山に続く竹林の径を上っていくと、山の傾斜に沿った古い墓地へと出てきました。墓の並ぶ段の一番高いところに、大きな椿の樹が二本立っていました。
向かって右側のより大きな椿が、「南光寺の大白ツバキ」です。
樹高約10m、目通り周囲1.3m、枝張り8mという巨木です。


昼なお薄暗い鬱蒼とした竹と樹々に囲まれながら、木漏れ日を受けて黒々とした堂々たるシルエットを見せていました。




誰もいないし、場所が場所だけに、どことなく怖々とした近寄りがたい雰囲気もありましたが、春、白い花が咲くと、薄暗がりをバックに鮮やかに浮き上がって、一層美しく見えるだろうなと思いました。
墓参に来られる人に親しまれている椿なのでしょう。藪椿には稀に白花を咲かすものがありますので、この椿も園芸種というよりも藪椿の変種なのかもしれません。
3 佐野市の名椿
佐野市の最も有名な椿は、「日の出」椿の名を持つ、出流原町の大椿だったのですが、残念ながら、平成30年に枯れてしまいました。
樹齢は、500~600年だったといわれ、その名の由来は、大老井伊直弼が日光東照宮参詣の帰路に佐野領を訪れて、出流原村の名主であった神山家に宿泊したとき、朝日に映えて見事に咲き誇る椿にこのように名付けたものと伝えられています。
幸いにも枯れる前に、挿し木苗が育てられて、地元の小学校にも贈られるなど、二代目が歴史を引き継いでいるようです。
残るもう一つの椿は、秋山町にある「出原のオオツバキ」ですが、かなり離れた山間地にあるので、今回は見送りました。
この夏も、昔には考えられないほどの猛烈な暑さが続きました。
椿は、日本の風土に適した樹ではありますが、この尋常ではない暑さと日差しの強さは、とりわけ樹齢の古い椿に影響があるように思います。全国の有名な椿が元気なうちに、できるだけ多く見て回りたいですね。